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広島高等裁判所 昭和34年(ナ)1号 判決

原告 天野清

被告 広島県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和三三年一一月二三日執行の竹原市議会議員一般選挙(第一選挙区)における当選の効力に関する訴願につき被告広島県選挙管理委員会が昭和三四年二月七日附でなした「昭和三三年一二月二日竹原市選挙管理委員会がなした決定はこれを取消す。当選人天野清の当選を無効とする」との裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、

一、(イ) 原告は昭和三三年一一月二三日執行された竹原市議会議員一般選挙に当選し、翌二四日同市選挙管理委員会(以下市委員会と略称する)から当選決定の通知を受け、原告はこれを承諾し、爾来同市市会議員の職に在つたものであるが、訴外沖新寅一より右市委員会に対し同月二六日原告の右当選の効力に関し異議を申立て、同市委員会から同年一二月五日右異議棄却の決定を受けたので、更に同月八日同人が訴願を申立てたところ、被告委員会は昭和三四年二月七日右市委員会の決定を取消し、原告の当選を無効とするとの裁決をし、同月一三日被告委員会告示第四号を以てその旨告示した。しかして、右裁決において被告は市委員会が原告並に訴外寅沖新一の有効得票数を何れも三四六票と決定したことを前提として新に『』と記載された投票を右沖新の有効投票と認定し、同人の有効得票数三四七票が原告の有効得票数三四六票よりも一票多くなるものとして原告の当選を無効と裁決したものであるが、

(ロ) 右裁決は次に述べるような理由により誤りである。即ち

(一)  市委員会の右沖新の有効得票数三四六票との決定に誤りがある。即ち右三四六票中には『』と記載した用紙(検甲第一号証)の右下隅に径四、五ミリ位の○とも△ともつかぬ他事記載のあるものが一票ある。そもそも投票における場合の如く単に氏名のみを書く場合にその終末に読点、句点を使用するのは普通の事例ではないので、これが記載された場合は厳格に解釈されねばならないが、その読点或は句点の形状、筆勢、位置、大きさ等から普通文字に句切りをつける習慣等により、不用意に記載されたと見ることのできないときは何等かの意図をもつものと認むべく、かような投票は他事記載として無効としなければならないものである。しかして右投票の場合はその形状、位置等により明かに他事記載のある無効な投票であつて、訴外沖新の得票数から当然差引かれるべきものである。

(二)  次に右沖新の得票中『』と記載のある票(検甲第二号証)については、被告はこれを沖新の有効としているが、これは誤りである。即ち本件選挙の候補者の中に大本辰雄という者がいるのであるが、右票は昭和三三年一一月二三日の選挙開票場においても疑問票として取上げられ、投票立会人十名の決をとつたところ、「大本」とするもの五名、「沖新」とするもの三名、無効とするもの二名であつたものを、選挙長が右沖新の有効投票と認め、後に市委員会により無効票と決定されたものであるが、右投票者は「大本」に投票する意思で第一文字「大」の字が仮名文字同様容易な文字であるとこから先づ「大」と書き、第二字は平仮名「も」の下を曲げることを失念し、第三字「と」と書くところ、字をなすに致らなかつたもので、かく判断することが三文字である「大もと」にも合致する。被告のいう如く第一字目を「オ」と考えるのはむつかしく、又沖新と書くことを前提として「大」と考えるのも又常識に合わない。第二字はこれを敢て「キ」と読むとしても第三字の下の横棒は素直なる斜線ではなく、中間よりやゝ下目で僅かながら前にもどり、斜線となつている点などを考えると「シ」と早急に認めることは無理と考えられる。

更に沖新とした場合当然あるべき「ン」の記載については、これを失念したと結論するのは余りにも詭弁ではなかろうか。されば、被告が訴外沖新寅一の有効得票とみなした右一票は当然訴外大本辰雄の得票に加えられるべきものであり、仮令右認定が不可能としても、何れのものとも認定し難い無効の票と見るべきは当然である。

(三)  なお沖新の有効得票とせられたものの中に「」と記載せられた一票(検甲第三号証)があるが、これは沖新の有効票とは判別し難いから無効票とすべきである。

二、以上の次第で沖新の有効得票は被告認定の三四七票より前記(ロ)の(一)(二)(三)の計三票を差引き三四四票であるのに、原告の得票は三四六票であつて、沖新の得票より多数と認めるべきであるのに拘らず、被告がこれを反対に認定したのは不当であるから、さきの裁決の取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、原告の有効投票数が三四六票であること、沖新寅一の得票数が原告主張の(ロ)の(一)(二)(三)の三票を含めると三四七票となることは争わないと述べた。

三、立証(省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中一の(イ)の各事実並に検甲第一ないし第三号証がそれぞれ原告主張の(ロ)の(一)(二)(三)の各投票に該当することはこれを認める。右三票の投票は何れも沖新寅一の有効得票と認められるから被告のなした裁決は適法である。即ち

右(ロ)の(一)の投票は候補者氏名欄に「オキシン」と記載してあり、その記載の下方右寄りに○印を記載してあるが、この○印はその位置、形状、筆勢、運筆、大きさ等からみて氏を書き終つた際にその下部に打たれる慣習上の句点と認むべきものであつて、意識的な他事記載として無効とすべきものではない。

次に(ロ)の(二)の投票は選挙長はこれを沖新の有効投票として決定し、市委員会はこれを無効投票としたこと、並に本件選挙の候補者の中に大本辰雄という者のいたことは原告主張のとおりであるが、右「」と記載した投票は投票用紙に逆さに記載されていること、書体が極めて拙劣であることから窺われる投票者の文字記載についての智識程度からみて漢字の「大」の字を「オ」であると誤解したか又は片仮名の「オ」の記載について誤つて「ノ」を右方に記載したものと認むべく、第二字は片仮名の「キ」と記載したものであり、第三字はその形状、運筆上整つていない嫌いはあるが、片仮名の「シ」と記載したものであつて、第四字目に記載すべき「ン」は半音でもあり、投票の字体からみて平素文字になじまない本件投票者が失念したか、又は文字に現わし得なかつたものと認められ、他に右記載に該当又は類似する氏又は名を有する候補者もないので、被告においてもこれを沖新候補の有効投票としたものである。

次に(ロ)の(三)の投票は選挙会及び市委員会並びに被告委員会において何れも問題なく候補者沖新の有効投票と認めたものである。右投票の記載は字体が拙劣であることから窺われる投票者の文字記載についての智能程度からみて「オ」の次に「キシン」と記載すべきを「キ」の字を誤つて失念し「シ」と「ン」の間の「」は「シン」を「シーン」と発音したか又は「シ」の下に何と書くべきかをためらいながら記載したものと認められ、意識的な他事記載とは認め難いのみならず、他に右記載に該当する氏名を有する候補者もないので沖新候補の有効得票としたものである。

以上の次第で候補者沖新寅一の有効得票数は前記(ロ)の(一)(二)(三)の各投票を含めて合計三四七票であり、原告の有効得票数は三四六票であるので、被告のなした裁決は適法であり原告の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和三三年一一月二三日執行された竹原市議会議員一般選挙において当選し、翌二四日同市選挙管理委員会から当選決定の通知を受けてこれを承諾したものであるが、訴外沖新寅一より右市委員会に対し同月二六日原告の右当選の効力に関し異議を申立て、同市委員会が同年一二月五日右異議棄却の決定をしたので右沖新より更に同月八日被告委員会に訴願を申立てたところ、被告は昭和三四年二月七日右市委員会の決定を取消し原告の当選を無効とするとの裁決をし、同月一三日被告委員会告示第四号を以てその旨告示したこと、しかして右裁決において被告は市委員会が原告並に訴外沖新寅一の有効得票数を何れも三四六票と決定したことを前提として新たに「」と記載された投票を右沖新の有効投票と認定し同人の有効得票数三四七票が原告の有効得票数三四六票よりも一票多くなるものとして原告の当選を無効とする裁決をしたこと、

本件選挙において原告の有効得票数が三四六票であること並に訴外沖新寅一の有効得票数が原告主張の(ロ)の(一)(二)(三)の三票を含めると三四七票となることは何れも当事者間に争いがないところである。

よつて先づ原告主張の(ロ)の(一)(二)(三)の各投票につき按ずるに、検甲第一号証ないし第三号証がそれぞれ右投票に該当することは当事者間に争いのないところであつて、一般に投票はその記載自体からみて投票者の意思を推測尊重し能うかぎり有効に解釈することが法の精神に合するものと考えるところ、

検察(第一回)の結果によると

(A)  検甲第一号証の投票には候補者氏名欄に大きく片仮名で同欄一杯に「オキシン」と大らかなのびのびした文字で書かれてあり、且つ下右隅に正確な円形ではないが大体において句点の○印と認められるものが記載されてあるが、その位置、形状、大きさ、筆勢等よりみて氏名を書き終つたため不用意に附したものと認められ、有意の他事記載とは認め難いから右投票は候補者沖新の投票として有効とすべきである。検甲第四号証の投票は候補者氏名欄の上部からはじめて中央よりやゝ下位までの位置に片仮名で「オキシン」とあまり上手でない文字で記載せられ、最終文字からはるかに離れ同欄外で注意事項欄の左下隅に△印を逆さにし印が記載してあるもので、これが他事記載として無効と認められたのは相当であるが、これとの比較において検甲第一号証の前記投票も他事記載として無効であるとの主張は失当であり採用できない。

(B)  次に検甲第二号証の投票には候補者氏名欄に逆さに、しかもたどたどしい運筆で「」と記載されてあり、本件選挙の候補者中に沖新寅一の外に大本辰雄という候補者のいることは当事者間に争いのないところであつて、右投票が原告主張のように右大本辰雄に対する有効投票か又は何れのものとも認定不能の無効票とみるべきか、或は被告主張のように沖新寅一の有効投票とみるべきかを按ずるに、右投票に記載された文字の形状、位置、運筆のたどたどしさ、しかも用紙を逆さに記載していること、右の諸事実から推測できる投票者が平素文字しかも片仮名文字すら殆んど書き馴れない者であることの窺えることを綜合して右投票の第一字は「お」と発音するつもりで漢字の「大」の字を書いたか又は片仮名の「オ」を書くつもりでその第二画まではまがりなりにも「」と書いたが第三画の位置、形状を遂に間違えて右側にもつて行つたものと認められ、第二字は「キ」と書くべきをその第三画の傾斜を逆に引いたものと認められ、(原告主張のように平仮名の「も」と読むことは無理である)第三字はその形状、運筆いずれも整つていないけれども片仮名の「シ」と記載したものと認めるのが妥当である。

以上でこの投票は「大キシ」又は「オキシ」と判読できるわけで、原告主張のように「大もと」とは到底読めないことと、右投票の記載文字の形状、運筆等から窺えるこの投票者の文字による発音表現能力の幼稚さから考えるとこの投票は「オキシン」と書くつもりで第四字の「ン」を書き落したか又は書き得なかつたものと認められる。そうするとこの投票は投票者の意思を推測して候補者沖新寅一の有効票と認めるのを相当と考える。

(C)  次に検甲第三号証の投票には候補者氏名欄の上位約半分位の位置に書き馴れない一見下手な片仮名で「」と記載せられておるので、これが候補者沖新に対する投票とみることができるかどうか幾分躊躇されるようではあるが、その書体、字配り等から推測できるこの投票者の智能程度からみて、「オ」の次に「キシン」と記載しようとして「キ」の字を誤つて脱漏し、二字目に「シ」と書き、第三字は判読し難いが特にこの部分が意識的な他事記載とも認められないし、第四字が「ン」と記載されているので判読できる文字だけを拾つて読めば「オシン」であるが、脱漏したと認められる「キ」を考慮に入れて判読すると、成立に争いのない甲第一号証(選挙録)の記載によれば他に右記載に該当ないし類似する氏名を有する候補者もないので、投票者の意思を推測し右は候補者沖新に投票したものと認めるのを相当とする。

以上認定のとおり原告主張の(ロ)の(一)(二)(三)の各投票は何れも訴外沖新寅一の有効投票と認められるから、この三票を含めると沖新寅一の有効得票数は三四七票となることはさきに認定した通り当事者間に争いのないところであり、また原告の有効得票数が三四六票であることも当事者間に争いのないところであるから、両者を対比して沖新の得票数が原告より一票多くなるものとして原告の当選を無効とした裁決は正当であり、これが取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 林歓一 牛尾守三)

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